「リーンスタートアップ」は「Sの世界」と相性が悪い?
リーンスタートアップとは、ビジネスモデルの開発手法のこと。「構築 ― 計測 ― 学習」を高速で繰り返すことによって、新製品・サービスの事業化プロセスの業務改善を目指します。「ハードからソフトへ」というパラダイムシフトの中で、ソフトウェアやアプリの開発と相性抜群の開発手法だったことから一気に広まっていったコンセプトです。
その後、IoTを通じて起きたことは、ハードとソフトのインテグレーションです。結果的に、ソフト分野で成功を収めた企業が相次いでハード分野に進出しています。この変化を、経営共創基盤CEOの冨山氏は「カジュアル(C:ソフト領域)から、シリアス(S:ハード領域)へのシフトが起きている」と表現しています。
Cの世界は商品やサービスを半完成品で提供し、事業を推進しながら改良する一方、Sの世界は品質にまったく問題がないレベルまで高めて提供することが求められます。企業風土もCの世界は柔軟性が高くスピードが求められるのに対し、Sの世界は保守性が高く慎重さが求められます。大きく異なるバックグラウンドを抱える中で、ソフト領域「Cの世界」で成功した企業が、ハード領域「Sの世界」でも簡単に成功を収められるかというと、そういうわけでもないようです。実際、C領域の企業が提供するS領域の商品・サービスの信頼性が問題になった事例は、ここ最近、国内外で枚挙にいとまがありません。では、高速サイクルで事業開発を行う手法リーンスタートアップは、本当にSの世界に適応することができないのでしょうか?
力の割き方に緩急をつける
S領域の新規事業開発プロセスを分解すると、リーンスタートアップを大いに活かせる可能性があることが分かります。例えば、製造業の商品開発を①商品企画、②開発・設計、③試作のステップに分解すると、①で時間をかけ、細部まで計画を作る必要は全くありません。現在、10万円もかけずに、その企画が大きく跳ね得る商品なのかをシミュレーションすることが可能です。事業ライフサイクルが短命化する現在、複数の事業で短期的な優位性を生み出し続けない限り、企業は継続的に発展できません。ボトムアップのアイデアをA/Bテストのようにたくさん試す対象は、過去の成功体験に縛られているトップ・ミドル層ではなく、過去バイアスや企業バイアスのない、今の市場や顧客であるべきです。①は素早く、②・③のステップは緻密に。緩急が重要となります。
また、商品化以降のプロセスでも、リーンスタートアップは活かせます。製造~販売ステップを、④調達・製造、⑤マーケティング、⑥販売・サービスと分解すると、④のステップは当然のことながら高い品質を保持し続ける必要があります。一方、⑤・⑥のステップは、小さな単位で試してブラッシュアップするのが賢い選択でしょう。最近は、チラシやHPを数十種類作成し、パターン別に電話番号や反響先を変えることが一般的になっています。営業のアプローチ手法についても、組織として実験を行い、仮説検証を高速で行い続けることが主流になってきています。
このように、環境が変わってもリーンスタートアップが価値を失うわけではありません。重要なことは、自社の新規事業のプロセスを分解し、プロセスごとに求められる品質レベルを最適化しながら、CとSのインテグレーションをすることです。